東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)109号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は、当事者間に争いのないところである。
二 審決を取り消すべき事由の有無についての判断
1 争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第四号証(本願公報)によれば、本願発明は、簡単で比較的低コストで実施することができるプログラム可能なメモリを利用したコイン検査装置に関する発明である(二欄九行ないし一一行)ところ、発明の詳細な説明の欄には、「本発明では、どのようなコイン試験信号に関するデータをプログラムメモリに記入するかの点で特徴を有する。先ず、メモリが被検コインの特性を示す信号値を記録することができるような接続がなされる。それから、実施される試験に対し標準信号値を発生するようなコイン(又は特別に製造されたコインレプリカ)をコイン試験装置に入れ、コイン信号値を発生させそれを記録する。従つて、幾つかの額面のそのような標準コインを用いて、メモリにはコイン試験装置で試験されるべきコイン額面の各々に関する標準値がロードされる。メモリはそれからロードされたメモリに記録された値とコインの試験により発生された値の比較ができるように接続される。これによりコイン試験装置の個々が異なる動作特性を有していても、コイン試験装置の個々に最適な標準値がメモリに記録され、精度の良い試験結果を期待することができる。」(二欄二二行ないし三欄二行)との記載のあることが認められるから、本願発明は、「(コイン検査のための基準値をプログラム可能に蓄積することのできるデジタル)メモリ手段にプログラム可能に記憶されている基準値は、センサー手段において標準コインを試験して得られた信号値である」という構成を採用したこと、すなわち、そのコイン検査装置自体に備えられているセンサー手段で標準コインを試験して得られた信号値をプログラム可能なメモリに基準値として記憶しているようにしたことによつて、コイン試験装置の個々が異なる動作特性を有していても、その誤差はそのセンサー手段固有の誤差として基準値に付加されることから、コイン試験装置の個々に最適な標準値がメモリに記録され、精度の良い試験結果を得ることができるという目的ないし効果を達成したところにその特徴があるものということができる。
2 原告は、第二引用例に審決の理由の要点3のとおりの記載があることは認めながら、審決は第二引用例の技術内容の理解を誤つた旨主張するので、この点について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第七号証(昭四四-七五六六号特許公報)によれば、第二引用例記載の発明は、紙幣の真偽を判別する装置に関するものであるが、従来使用されているこの種判別装置においては、局部的な図形あるいは形状の電磁的あるいは光電的検知その他に基づく判別方法がとられていたので、局部的な検知方法の内容を把握したうえで、疑似紙幣をつくることを容易にし、また、紙幣の加工過程における局部的欠損を探知ないし検知することが困難であつたので、これらの問題点を解決しようとしたものであること(一欄一九行ないし二九行)、紙幣の特色が図形の複雑さにあることに着目して、紙幣の全体の図形の認識を図形全面にわたり走査した一つの物理変化量をもつて検知し、この変化を分析して数種の分析量を得、正紙幣の同量と比較判別するようにしたものであり、その特許請求の範囲に記載された構成を採用することによつて、偽紙幣の製作を困難にするとともに、局部的に欠損のある紙幣の検出もできるようにしたものと認められる。このような記載に照らしても、第二引用例記載の発明においては、紙幣の全体の図形の認識を図形全面にわたり走査した一つの物理変化量をもつて検知し、この変化を分析して数種の分析量を得、正紙幣の同量と比較判別するようにした点に特徴があることは明らかである。しかしながら、第二引用例には、同発明が本願発明の課題、すなわち個々のコイン検査装置が異なる動作特性を有していても、当該装置自体に備えられているセンサー手段により得られた標準コインの信号値を基準値とすることにより、精度の良い試験結果を得ることを目的としたものであることを窺うべき明示的、直接的記載を見出すことはできない。
(二) 第二引用例には、比較の基準値(正紙幣の同量)の求め方に関して、「前記検知判別手段においては同時に正紙幣にも同様の手段で検知してその差(査とあるは誤記)を比較対象することができるが、正紙幣にも、製造、使用による図形の多少の差異があるので、あらかじめ分析された正紙幣の分析値に許容量を加えこれを比較の基準値とすれば容易に実現可能な偽紙幣や誤紙幣は判別できる。」(前掲甲第七号証二欄一行ないし七行)との記載があるところ、右にいう「前記検知判別手段」が、第二引用例記載の発明に係る紙幣判別装置を指すことは、文脈からして明らかであるが、これにつづく「同時に正紙幣にも同様の手段で検知して」の記載の趣旨は明確とはいい得ない。しかしながら、「同様の手段で検知して」の記載から、被検紙幣(判別されるべき紙幣)の検査手段と同様の検査手段を別途用意して、これにより正紙幣を検知することを理解することができるとしても、被検紙幣を検知した手段と同一のもので正紙幣を検知することを意味するものと考えることは、前記のように、第二引用例に本願発明が課題とする事項に関する明示的、直接的記載を認めることができず、同引用例記載の発明における課題が専ら図形全体による真偽の判別という点にあることからみても、また、「同時に」の記載からみても合理的理解といい得ない(同一の検知手段で被検紙幣と正紙幣とを時間的に同時に検知することができないことは明らかである。)。してみると、右引用した第二引用例の記載部分のみを根拠にして、被検紙幣を検知した検知手段と正紙幣を検知した検知手段とが同一であると断定することは到底できない。
(三) 更に、前掲甲第七号証(第二引用例)によれば、第二引用例の第3図においては、第二引用例記載の発明の実施例が、系統図として次のように説明されていることが認められる。すなわち、「光源15、15´より紙幣2をへて透過または反射された光源が光電変換素子11に入り、その出力端子14より電気信号となつて増幅器16に入る。増幅された歪波は、並列に接続されたいくつかの帯域濾波器17、17´、17´´…に入り、いくつかの特定周波数の正弦波成分18、18´、18´´…に区分されてそれぞれの帯域濾波器17、17´、17´´接続された積分器19、19´…でに端子14の電気信号に変化がある間中、積分された電気量20、20´となる。」(三欄一二行ないし二二行)。そして、これらの電気量は、比較器21で記憶器22に記憶されている正紙幣の電気量と比較され判別されることになるが、これについて、審決の理由の要点3の後半<2>のとおりの記載があることは当事者間に争いがない。ところで、正紙幣の電気量を得るに際しては、被検紙幣の電気量を得るための図形の分析の仕方と同じ分析の仕方である判別装置を用いることが必要であるから、第二引用例における「あらかじめ前記の系統をへてえられた正紙幣の電気量」(審決の理由の要点3の<2>の摘示部分)にいう「前記の系統」というのが第3図の光源15から積分器19までの系統のような「電気量を得るための系統」をいうものであることは理解できるが、同一の判別装置を用いなければならないとするまでの必然性は、第二引用例の記載全体を通してみても認めることはできない。すでに認定したとおり第二引用例記載の発明は、局部的な図形あるいは形状に基づく従来の判別方法の問題点を解決すべく図形の全体に基づく判別装置を提供するものであり、その実施例を示す第3図の系統図も、この解決手段を示したものであつて、そこには、電気量を記憶器22に書き込む系統は記載されていない。また、前掲甲第七号証(第二引用例)によれば、第二引用例記載の発明の実施例である第4図においても、第3図と同様、電気量を記憶器に書き込む系統については何ら示されていないことが明らかである。このようにみてくると、第二引用例の第3図及び第4図の記述のほか、先に検討した「同様の手段で検知して」(2(二))の記載等を合わせ勘案しても、第二引用例には、「正紙幣の電気量の検出を被検紙幣を判別する判別装置と同一のものを用いる」という構成が開示されているとみることはできないというべきである。被告は、第二引用例の第3図においては、電気量の記憶器への書き込み手段が省略されているものであり、かつ、審決の理由の要点3の後半<2>の記載のうち「前記の系統」とは被検紙幣を判別する第3図の装置そのものである旨主張するが、第二引用例中にそのように解すべき具体的な記憶は全くなく、同引用例の記載全体を通してみても、電気量を記憶器に書き込むための手段が省略されているとみるべき合理的な根拠は見いだせないし、また、「前記の系統」の記載について、被告の主張するようには理解できないことはすでに認定説示したとおりであるから、被告の右の主張はいずれも採用できない。
3 そうすると、審決が、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点<2>の判断において、「メモリ手段に記憶されている基準値が、検査装置のセンサー手段において標準紙幣を試験して得られた信号値であるということが、第二引用例に示されたように公知である。」とした点は誤りというべきであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことも明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れない。
三 以上のとおりであるから、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものとして、これを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
コインの物理特性を試験しそれの関数である数値データ信号を発生するためのセンサー手段、所定の額面の真のコインに関するコイン検査のための基準値をプログラム可能に蓄積することのできるデジタルメモリ手段、コイン検査時の該センサー手段からの数値データ信号と該メモリ手段からの基準値とを比較して該信号値が該基準値に対し所定の許容誤差範囲内において一致した時被検コインについて真のものであることを示す信号を発生する比較手段とからなり、該メモリ手段にプログラム可能に記憶されている該基準値は、該センサー手段において標準コインを試験して得られた信号値であるコイン検査装置(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
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図面(二)略
図面(三)
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